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【会話で書評】日々に空想をミックス - 『アルタッドに捧ぐ』

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『アルタッドに捧ぐ』を読み終わったよ。

どうだった?

小説っていう表現形式でなんか新しいことをしてやろうっていう気概が、文面からヒシヒシと伝わってきた。

そういう系かー。前に薦められた筒井康隆の『ダンシング・ヴァニティ』みたいなやつだったら合わないかも。あれはおんなじ文が繰り返し出てきて退屈なだけだったから。

あれはまあ人を選ぶからなー。でもこれはそういうんじゃなくて基本動物モノのハートフルストーリーだから、退屈はしないと思うよ。

へー、でもそう聞くとよくありそうな構図だけど、どういうところが新しいの?

主人公が小説を書いてて、その小説の世界に入りこんでるんだけど、そこからガっと引き戻されて、その拍子に小説のキャラクターがいっしょに現実の世界についてきちゃうわけ。

そうやってついてきちゃったキャラクターは、もうフィクションじゃなくて現実なんじゃないの?っていうのがこの小説のテーマなんだけど、その世界観が斬新だった。現実なんだけど幻想的というか。

ふーん・・・ちょっと絵が浮かんでこないけど、ついてきたキャラクターはどんな風に現実で過ごしてるの?

トカゲのアルタッドは普通にペットショップで買ったコウロギとか食べるし、サボテンのアロポポルは庭に植えとけば育つ感じ。

なんか好きなyoutuberさんの動画思い出したわー。

www.youtube.com

ここまで聞くと、主人公は妄想癖か、精神病みたいな印象を受けるけど、やばい人なの?

そうじゃなくて、マジでアルタッドはいるの。亜希ちゃんも一緒に遊んだりするし。幻想的なんだけど、でもちゃんと現実っていう独特な世界観が広がっているわけ。本間がやばいっていうわけじゃなくて。
次に引用する一節を読めば、彼がいかにストイックかわかるよ。

机の上に散らばった下品極まりないゴシップ記事の数々を見ているうちに、彼は無性に腹が立ってきた。「恍惚の感覚に身を委ねずに書かれた文章など視界に入れたくもない。こんな文章を書くような奴らはみんな豚なんだ」


いやむしろやばさが際立ったわ!

大丈夫。こんなこと言ってるけど、基本的には穏やかで物静かなで余裕があるヤツだから。

ホントかなあ。

この小説って私小説的な側面もあると思うんだよね。作中で本間が大学院試験のためにフランス語を勉強するシーンがあるんだけど、著者の金子薫さんもフランス文学専攻されてたみたいだし。

本間さんの文学に対するアツイ思いは、金子さん自身のものなのかな。

で、在学中にこの小説が文藝賞を受賞したんだよ。見て、その時の選考委員のコメント!

「何故虚構なのか」という原点を描かんとする強度ゆえの真摯さ。期待の受賞。

藤沢周

私はこれを圧倒的に推した。もう断然こういう小説が好きだ。アルタッドが出てくるところは何度読んでも楽しい。主人公が書く小説が主人公の生きる世界の完全に外側にある、それが非常に独特な感じをつくっているのも書き手としての大きな資質だ。こういう小説は前例がない。

保坂和志

ときおり顔をのぞかせる、作者の意図せざる無邪気さがこの書き手の魅力。大きな可能性を開花させてほしい。

星野智幸

すべての候補作品に登場する人間たちを差し置いて、アルタッドが一番キュートで魅力的。描写力のたまものだろう。

山田詠美


おお、今回もうこれ載せるだけでいいんじゃ・・・

真理やめーや。

で、本間を見守ってくれる、本間の大学時代の恋人の亜希って人がいるんだけど、恋人でも友達でもなく「大学時代の恋人」っていうのがミソ。
「恋人」とか「友人」とかっていう既存の関係じゃなくて、「本間と亜希の関係」としか言えないような、独特な距離感って言うかなんていうか。

本間は赤ワインを二つのグラスに注ぎ、片方を亜希に手渡してから言った。

「いや、ごめん、間違えただけ。つまり、俺が言おうとしたのは、働いてみて初めてわかることがある、という考えには反対だってことなんだ」

「はいはい、わかったわ。もう一回乾杯しよう」


仲は良いんだけど、恋愛描写っぽいところがなくて、個人的にちょうどいい距離感なんだよね。

幼馴染とかが関係性として近いのかな。

あとはトカゲのアルタッドなんだけど、こいつがとにかくカワイイんだよね。

どうやら眠いようで、アルタッドは頻繁に瞼を閉じるのであるが、そのたびに何かを思い出したかのように目を見開き、あたりの様子をきょろきょろと窺うのであった。


あら可愛い。眼に浮かぶよう。

主な登場人物は登場人物はこれだけ。もう基本的に一対一の関係なわけ。そうするとお互いに腹を割って話すことになるでしょ? 影の薄い脇役がいなくて、濃い関係性がちゃんと描いてあるのも、この作品の魅力だと思う。

なるほど。

もう一つ魅力をあげると、本間がひとり孤独に、小説を書くとはどういうことかとか、生きるとはどういうことかとか、っていうことを本間が考えていくの。こう言うと陳腐に聞こえるかもしれないけど、ありふれた答えのない問題に正面から向かっていくわけ。それでもがいていくんだけど、もうそのが姿がアツイのなんの。

スポ根的なおもむきもあるわけか。

んー、まあちょっと違うけどだいたいそんな感じ。

魅力をまとめると、
・幻想と現実の間でフワフワしてるような、独特な世界観。
・少数の登場人物の一対一の関係性が申し分なく描かれているところ。
・ありふれた答えのない問題に正面から向かっていくアツい展開。

純文学っていうから身構えちゃったけど、こうみると題材は馴染み深くて読みやすそうだね。

作家志望の人が読んだら、きっと本間くんに励まされるんじゃないかな。

アルタッドに捧ぐ

アルタッドに捧ぐ

実況もどうぞ。1章まで読み終えた方はこちら

軽蔑、希望、貶め - クリスマスのフロスト part 9 「水曜日3〜4」

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part 1 はこちら

part 8 はこちら

水曜日 3

ファーナムの事情聴取に行っていたハンロンが、フロストへ報告にきました。

ファーナムは、叔母に会いに行ったというのはやっぱり嘘で、シンシアに会っていたと。

・・・誰だっけ? シンシア、シンシア・・・、あっ! 「火曜日 2」の最後の方にちょこっと出てきたおばちゃんかー! まさか本筋に絡んでくるとは。

1日のうちに2度もプロの女性と過ごすとは。うーん、コメントは控えましょう(笑)

シンシアに会いにいくのを嫌がるハンロン。

「でも、おれには彼女を見わけられる自信がないよ、ジャック。顔をよく知らないんだから」

「そういうときは、そこはかとなく男の色気を振りまくんだよ、アーサー。あんたのムスコをちょろっとはみ出させて座ってみろ、彼女のほうから声をかけてくる」

だめだろ(笑)

で、流れでガーウッドのことを話すと、ハンロンの目の色が変わります。聞けば、融資でハンロンの担当をしたことがあるそうな。

ここにきて、人物の色々なつながりが出てきますねー。

そこへ科研から電話が。なんとガーウッドを撃った銃は、フォーカスを撃った銃と同じものだと。

これが意味することは!? いやー、スケールが大きくなってきました。


ガーウッドを撃った犯人の手がかりを探すために例の銀行へ。

先ほど痛い目にあったハドスンは2人を追い払おうとしますが、対面して秒で諦めます。

健気だなぁ〜(笑) 

僕、キャラの中でハドスンが一番好きかもしれません。

ガーウッドのオフィスに大した手がかりはなく、スタッフ一人一人に話を聞くも、好人物だったと褒め称える人ばかりで、個人的な付き合いがあった人物は見受けられません。

「どうやら、ガーウッドは聖人並みの人物だったらしいな。だが、賭けてもいい。あと一週間ほどしてもう一度、話を聞きに来てみな。ひとり残らず、そう言えばあの人にはどうも好きになれないところがあった、と言いだすから」

これまた賛否を呼びそうな発言ですが、多くの死の現場に実際に立ち会ったフロストが言うんですから、そういうものなのかもしれませんねー。


署に戻り、ハンロンと互いの成果を交換します。シンシアの件の裏は取れました。

で、次は先ほど銀行から回収した人事ファイルから、1951年当時の職員を検討していきます。

  • パウエル:支店長。退職後、年金の一時金を一括で下ろしている。用途は不明
  • フォーカス:有能。腕の骨折の記録は無し
  • ガーウッド:事件後、治療のため3ヶ月休職。関与を疑う声もあった
  • バロウ:守衛。事件後行方をくらます

どこかできいたキャラが混じっていますね。

どうにも怪しいと思うのですが、ピンとくるものがないのか、フロストはいつもどおり退屈してきました。

紅茶でも一杯・・・と思ったその時、ファイルに信じられない人物が!!

森の魔女マーサ・ウェンデルが当時銀行で働いていたと!!

「おれの言ったとおりだ、坊や。やっぱりあの女が一枚噛んでた。フロスト小父さんの直感を馬鹿にしてはいけない」

思い返せば、フォーカスの死体の場所を言い当てたのはウェンデルです。これは一気に手がかりに近づいたのではないでしょうか!!


ウェンデルの家へ向かう途中、警官の団体に遭遇しました。

「有力な情報です、警部。ヘリコプターが雪のなかで動いているものを発見したんです」

おお!! トレーシーが生きてる!? ちょっとドキドキしてきました。

・・・が、見つかったのは羊でした。期待が持てただけに残念ですね。フロストの落胆も、見ていて痛々しいほどです。

ウェンデルの家に到着。ウェンデルの姿は見当たりませんが、最近作られたであろう墓らしきものが見つかります。

フロストは勝利を確信して、科研や作業班、マーサ・ウェンデル捜索の手配を行います。

しかし、墓から発見されたのは、猫の遺体。

重苦しい沈黙が続いた。その沈黙には、明らかに非難の意味が込められていた。フロストは地面がぱっくりと口を開けて、子猫の死骸もろとも自分を飲み込んでくれることを願った。

期待からの落胆。期待からの落胆。

不幸な出来事が、最大限の不幸として、フロストに立て続けにのしかかります。どれほど傷ついたでしょうか。

手配した団体が帰り、墓を埋めなおしていると、ウェンデルが帰って来ました。

早とちりこそしてしまいましたが、彼女があやしいことに変わりはありません。ウェンデルに銀行でのことを聞いていきます。

  • ウェンデルが解雇された理由は、支店長パウエルの問題を知ってしまったから
  • パウエルの息子は度々父に金の無心をしていた。その後自殺

うーん、まだ結論に直結するような材料がありませんね〜。

水曜日 4

マレットに呼び出されて署に戻ってみると、やはり先後どの猫事件についてクドクドといびります。

しかし、記事を差し止められるかもしれないことを言うと、マレットも後ろめたいことがあり、すんなり機嫌を戻します。現金なやつです。

先々の件で少し落ち込みましたが、そこはフロスト。気を入れ直してファイルを当たります。

で、興味深い手がかりをみつけました!! 銀行強盗事件当時、守衛を務めていたバロウが、その少し前に骨折していたと!

ということは、あの古びた骨の正体はフォーカスではない可能性が・・・!!

おもしろくなってきました!!

で、フロストたちはパウエルに話を聞きにいきます。彼が当時の事件の唯一の体験者ですもんね。

車内での、フロストとクライヴの会話は考えさせられますね。

「確かに彼女は娼婦かもしれない。でも、だからといって、彼女がいい母親じゃないとは言えないはずです」

「彼女がいい母親なら、娼婦なんかしてない」

クライヴがいうこともわかるんけどねー。皆さんはどうお考えでしょうか。

パウエルの家に着きました。

「ひょっとして、あなたは銃をお持ちじゃないですか?」

フロスト、聞き方がストレートすぎる(笑)

強盗事件の2万ポンドは、他支店に融通するためのものだったことがわかりました。

ここでパウエル夫人がコーヒーを運んできました。

「お口に合いまして?」とパウエル夫人が尋ねた。 「素敵なカップですね」とフロストは言った。 パウエル夫人はその返答がいたく気に入ったようだった。

コミカルで面白いおばちゃんですね(笑)

で、当時の話を整理すると、

  • 現金輸送の件を知っていたのはフォーカス、ガーウッド、パウエル、他支店のハリントンと、マーサ・ウェンデルの5人。
  • パウエルは葬儀のため出発に居合わせなかった。
  • パウエルによると、ウェンデルは命じられた出発の連絡をしていなかった。

パウエルが葬儀に行っていたのなら当然アリバイがあるでしょうから、実行は難しそうですね。

しかも、動機と思われた息子の借金返済についても、息子が自殺したのが事件以前とあっては成り立ちません。

パウエルも違うかー。じゃあ誰なんですかねー。


サンディ・レインのところへ、猫を掘り出した件をもみ消しにいきます。道中で、「え?」という事実をフロストが語りました。

いままで散々、奥さんのことを溺愛していたと思われたフロストですが、実は、奥さんとは離婚寸前だった、奥さんはフロストを憎んでいたとすら言っています。

ですが奥さんにガンが見つかり、余命は半年、しかも相当苦しむことになると医者から告げられます。

で、おれは予定を変更して、軽蔑され続けることにした。

その数日後、フロストはたまたま勲章を授与され、奥さんは誇らしさで有頂天になったといいます。人生の最後の最後で。

さて、サンディ・レインに談判します。交換条件として、昨夜ガーウッドが撃ちこまれた銃弾は、1951年にフォーカスを撃った銃と同じものらしいことを知らせます。

サンディも大喜びで、一件落着。そりゃおもしろい話題ですもんねー。

で、サンディからパウエルについて知っていることを教えてもらいます。サンディ、なんでも知ってますねー。

パウエルは息子が死んだ後に、どこからか金を集めて息子の借金を返済したといいます。これが本当なら、やはり事件当時も金が入り用だったことになりますね。

と、そこにクライヴが鼻息を荒くしてやってきました。

衝撃の報告。トレーシーが、あの教会の長持の中から発見された?

フロストは、あの教会の牧師は無実だと主張していました。

「あいつは確かに気の強い女だった。だが、ああいう死に方はむごい。あんなふうに死なせたくなかった」

仲が悪く、フロストを軽蔑すらしていた奥さんが、最後の最後に自分を誇りに思ってくれて、フロストも最高の気分だったでしょうね。

奥さんが病に侵されていなかったら、と考えずにいられません。

さて、今回は話が最高にいいところで切れてしまいました。トレーシーのことは間違いであってほしいですが、どうなるでしょうか。

本書を読み終えた方はこちら

カテゴリーによって切り替わる『この記事を書いた人』の作成法(はてなブログ)

f:id:nobi2saku:20190131192048j:plain

このブログは弟と運営しているので、記事を書いた人をどうしても表示させたいと思っていました。

しかし、WordPressではそういうプラグインがあるみたいなのですが、はてなブログではなかなか自動で切り替えてくれるコードがなかったんですよ。

なので、超絶初心者の僕が他サイト様のコードを組み合わせてゴリ押しで作ってみました。

「この記事を書いた人」以外にも、カテゴリーによって「記事上」や「記事下」に任意の記述を表示できるので便利なのではと思います。

まずは完成例

「のび作」をカテゴリーに設定した記事は、記事下にこのように表示されます。

f:id:nobi2saku:20190131181145p:plain

弟が投稿した、「味付け海苔」をカテゴリー設定した記事はこうなります。

f:id:nobi2saku:20190131182216p:plain

「デザイン設定 - カスタマイズ - デザインCSS」に貼り付けるコード

こっちはコピペでOK。

/*この記事を書いた人*/
.authorb {
    margin: 2em 0;
    background: #fff;
    box-shadow: 0 2px 4px rgba(0, 0, 0, 0.22);
    overflow: auto
}
.authorb .author-name {
    font-size: 1.3em;
    padding: 4px;
    text-align: left;
    background: #5D5D5D !important;
    color: #fff;
    font-weight: bold !important;

}
.authorb p {
    padding: 3px 9px;
    margin: 0;
    padding-top:5px !important;
}
.authorb .http-image{
border-radius:15% !important;
padding-top:5px;
}
.authorb .authorimg{
background-size:cover;
padding-top:5px;
}

@media screen and (max-width: 500px) {
.authorb p {
font-size:0.85em !important ;
}
}

@media screen and (min-width: 501px) {
.authorb p {
font-size:1.0em;
}
}

/* 読者ボタン */
.subscribe-button {
  margin-top: 0;
  margin-bottom: 20px;
  text-align: center;
}
.subscribe-button-inner a {
  position: relative;
  display: block;
  top: 0;
  width: 300px;
  height: 46px;
  margin: 0 auto;
  line-height: 46px;
  border-radius: 4px;
  background-color: #5D5D5D;
  font-size: 20px;
  font-weight: bold;
  color: #fff;
  vertical-align: middle;
  box-shadow: 0 2px 4px rgba(0,0,0,.2);
  text-decoration: none;
  transition: all .3s;
}
.subscribe-button-inner a:hover {
  top: 3px;
  box-shadow: none;
}

「デザイン設定 - カスタマイズ - 記事 - 記事下」に貼り付けるコード

こちらは何箇所か直す必要があります。

<script>
showHTMLByCategoryWord1='1人目の名前';
showHTMLByCategoryWord2='2人目の名前';
var pageTags=document.getElementsByTagName('meta');
function adsFilter(){
for(var i=0;i<pageTags.length;i++){
if( ('article:tag'==pageTags[i].getAttribute('property')) && (showHTMLByCategoryWord1 == pageTags[i].getAttribute('content') ) ){
document.write('<div class="authorb">')
document.write('<div class="author-name">  <i class="fas fa-user-edit"></i><b> ABOUT<span style="font-size:0.8em;"> - この記事を書いた人 -</span></b></div>')
document.write('<div style="float: left; margin-left: 1px;">');
document.write('<p><a href="h1人目の画像" class="http-image" target="_blank"><img class="http-image" src="1人目の画像" alt="1人目の画像" width="100" /></a></p>')
document.write('</div>')
document.write('<div class="authorcontent">')
document.write('<p><b><span style="color: #5f91e0; font-size: 1.5em !important;">1人目の名前<span style="font-size:0.6em;">(id:nobi2saku)</span></span></b></p>')
document.write('<p>自己紹介</p>')
document.write('<p>自己紹介</p>')
document.write('<div class="subscribe-button">')
document.write('<div class="subscribe-button-inner">')
document.write('<a href="https://blog.hatena.ne.jp/nobi2saku/mokuji.hatenablog.com/subscribe"><i class="blogicon-hatenablog lg"></i> 読者になる</a>')
document.write('</div>')
document.write('</div>')
document.write('</div>')
document.write('</div>')
break;
}else if( ('article:tag'==pageTags[i].getAttribute('property')) && (showHTMLByCategoryWord2 == pageTags[i].getAttribute('content') ) ){
document.write('<div class="authorb">')
document.write('<div class="author-name"><i class="fas fa-user-edit"></i><b> ABOUT<span style="font-size:0.8em;"> - この記事を書いた人 -</span></b></div>')
document.write('<div style="float: left; margin-left: 1px;">');
document.write('<p><a href="2人目の画像" class="http-image" target="_blank"><img class="http-image" src="2人目の画像" alt="2人目の画像" width="100" /></a></p>')
document.write('</div>')
document.write('<div class="authorcontent">')
document.write('<p><b><span style="color: #5f91e0; font-size: 1.5em !important;">2人目の名前<span style="font-size:0.6em;">(id:nobi2saku)</span></span></b></p>')
document.write('<p>自己紹介</p>')
document.write('<p>自己紹介</p>')
document.write('<div class="subscribe-button">')
document.write('<div class="subscribe-button-inner">')
document.write('<a href="https://blog.hatena.ne.jp/ご自身のはてなid/サイトのurl/subscribe"><i class="blogicon-hatenablog lg"></i> 読者になる</a>')
document.write('</div>')
document.write('</div>')
document.write('</div>')
document.write('</div>')
break;
}
}
}
adsFilter();
</script>

名前

「1人目の名前」、「2人目の名前」の箇所をご自身のお名前に。

プロフィール画像

「1人目の画像」、「2人目の画像」に、「はてなフォトライフ」に画像をアップロードし、画像urlをコピペしていきます。

読者になるボタン

「ご自身のはてなid」と、「サイトのurl」を書き換えます。urlはhttps://以降でOK。独自ドメインにされているかたは、旧urlのものを使うらしいです。

記事にカテゴリーを追加

あとは普通に記事に著者のカテゴリーを設定していけばいいだけ。サイドバーに著者のカテゴリーを表示させたくない場合は、「デザイン設定 - カスタマイズ - サイドバー - カテゴリー - 編集」から「並び替え順」をカスタムにして調整してください。

完成!!

できましたでしょうか?

ある程度の知識がある方には、きったないコードでお目汚ししたことをお詫び申し上げます。

本当はカテゴリーなんて設定しなくても、記事の作成者を自動で判別して表示してくれるようにしたかったのですが、どうもうまくいきませんでした。詳しい方おられましたらご教授くだされば幸いです。

まあ、作成者と違ってカテゴリーは後から変えられるので、デメリットばかりではないです。

参考にした本↓

HTML&CSSとWebデザインが 1冊できちんと身につく本

HTML&CSSとWebデザインが 1冊できちんと身につく本

HTML5&CSS3デザインブック (ステップバイステップ形式でマスターできる)

HTML5&CSS3デザインブック (ステップバイステップ形式でマスターできる)

どこを書き換えたらどうなるのかなーくらいがわかるようになります。

以下、参考にしたサイト様です↓

skyfish25.hatenablog.com

www.chibikujira.com

このお二方の記事がなかったら絶対に作れませんでした。感謝してもしきれません!!

できない方はお気軽にコメントやツイッターでお声掛けください。(私に対処できるか分かりませんが 笑)

【会話で書評】速さこそすべての解決策 - 超スピード文章術

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お前この本最近やっと読み終わったらしいね。

 

10倍速く書ける 超スピード文章術

10倍速く書ける 超スピード文章術

 

 

 そうそう。長かったー。これ一冊読み終えるのに3ヶ月近くかかったわ。

長すぎるわ! 今更マイクラにハマってんじゃないよ! お前取り憑かれたように一日中コントローラー握ってて怖かったわ!

 

いやーみんなが熱中するのわかったわ。あれはホントに神ゲー。BE1.9のアップデート早く来ないかなー・・・って今日はその話じゃないだろ! 本の感想!!

 

おおそうだった。で?

 

聞き方雑だな! まあ真面目な話、一番最初に実況する本としてこれを選んだのは正解だったなーと痛感したかな。

 

おお、絶賛だね。

 

そうだね。ブログを始めるにあたって、「ブログの書き方」みたいな本の、軽い執筆のやり方に何冊か目を通したんだけど、「どうも僕が書きたいのはこういうことじゃないんだよなぁ〜」という感じがして、なかなかしっくりくるものがなかったんだよね。

 

お前生意気だな。

 

それで、ブログに限らず文章術全般の本に視野を広げて探していたら、この本がたまたま目についたわけ。

 

へえ。どういうところが目を引いたの?

 

スピードにこだわった文章術の本、というところかなー。他のよくある「お行儀のいい作法」みたいな本と違って、スピード特化型というところがいいなっと思ったんだよね。

 

っていうのも、僕は書くのも読むのも本当に遅くて、自分が書きたい文章をもう少し早くかけたらなーという思って。

 

実際早くなった?

 

確実に早くなった! でも読み終えて実感したのは、本書の文章における効用は、スピード以外の多岐に渡ることだね。

 

っていうのも、スピードを早めることで、文章の構成やわかりやすさに時間を割けるようになるから、結果的に文章全般のスキルがあがることになる、という感じ。

 

なるほどね。

 

特に、執筆時に感じるストレスが激減したのは実感として大きい。

文章を書くのって、何を書こうかとか、どういう表現を使えばいいかとか、頭を悩ませることの連続でしょ。ただの長時間の単純作業と比べて疲労度が半端じゃなかったんだよ。

 

でも、この本は、実際に書き出すまでの準備を徹底的にしておくことで、いざ執筆を開始したら、ほぼ悩むことなくノンストップで書き終えれて。そこが個人的に1番のメリットだったね。ブログがストレスフリーになったというか。

 

その書き出すまでの準備って?

 

それが本書の核になってくるんだけど、本書はそこにめちゃくちゃ力をいれていて、7割くらいは、「素材集め大事!!」ということと、「素材集めのコツ」に割かれている印象。

 

文章を書き始める前の準備段階がいかに大事かを、まず徹底的に叩き込まれたわー。

 

へえ。でも念押しを何回もされるのって、ちょっと説教されてるみたいで嫌だな。

 

いやいや、そこがこの本の凄いところで、よくある実用書みたいに、ただ押し付けがましく「こうしろ!!」って感じて説教してくるんじゃなくて、「わたしが以前書いた文章はこういう素材をつかいました」っていうふうに、実例を惜しみなく放出してくれるんだよ。

 

私が2015年に書いた『なぜ気づいたらドトールを選んでしまうのか?』(あさ出版)から抜粋します。 

 

これも、私がネットメディアに寄稿した記事を実例にして紹介しましょう。

『ライザップはなぜ、結果にコミットできるのか』(あさ出版)という本を執筆するにあたり、(以下略)

 

こんな具合に。

 

おお、それは贅沢。

 

そうでしょー。何年間もライターをしていて、実際に何冊も本を出されているプロの文章を直々に紐解いてくれるわけだから、参考にならないわけがないんだよね。

 

「やってみせて、言って聞かせて、やらせてみて、 ほめてやらねば人は動かじ。」

 

っていう山本五十六の言葉があるけど、「やってみせる」の比重が重く、読者が「これを自分でやってみたい」と思えるのが本書の特色のひとつだね。

 

なるほどね。で、7割が素材集めなら残りの3割は?

 

残りは、構成の組み方とか推敲の方法とか、ようは文章の構造の整え方だね。

 

そこには何か「これは!」と思ったことはあるの?

 

あるんだよこれが。もちろん、プロだな〜って感じの理論的なこともたくさんあるんだけど、その全部のベースには「徹底的な読者目線」があるっていう考え。独特でしょ?

 

読者目線? 大事なのはわかるけど、それが文章を整えることとなんの関係があるの?

 

人って、話して教えるときは、その人が理解できているかどうかを伺いながら、わかりやすく、時には繰り返して教えるよね。

 

文章も同じように、誰かひとり、ターゲットとなる人物をひとり想定して、その人に話しかけるように書くならどういう順番で素材を配置すればいいのか。こう考えれば、小難しい理屈はなくとも自然と読みやすい文章になっていく、というわけ。

 

なるほど。そう言われるとオレにもできそうな気がしてきた。

 

そうなるでしょ? 僕もこの本読み終わって、自分でもできるかな〜って思って、記事1つ書いちゃったわ。

 

www.book-live.work

 

うわ、我の強そうな記事。お前ホントにこの本参考にしたの?

 

うるさいなぁ。さて、あとは読者の皆さんがほめてくだされば、晴れて山本五十六先生の名言が完成です! みんなのスターボタン待ってるからね!

 

おこがましいわ!!

 

10倍速く書ける 超スピード文章術

10倍速く書ける 超スピード文章術

 

 

本書を手に取り、「はじめに」まで読んだ方はこちら

読者に利益のある文章へ - 超スピード文章術 part 9 「実践編 ケース別・速筆術」

f:id:nobi2saku:20190125193314j:plain

さて、ようやく最終章、実践編です!

この章ではいままでの内容を具体的にどう落とし込むかを、著者の実例を元に解説されていまして、非常にわくわくします!!

part 1 はこちら

part 8 はこちら

素材の組み立て方その① 「800字」の文章

この例の文章のテーマは「人口減少で日本はどうなるか」。ここで著者は結論をを「人口減少に危機感を持たせる」と「未来への可能性を感じさせるか」のどちらにするかを考え、後者を選択しました。

「真の目的の設定」を最初に行ったわけですね。

そして素材集めに入ります。

集まったら、読者を20代の未来を不安視しているビジネスパーソンに設定して、喋って伝えるとしたらどう言うかを考えます。読者のイメージを具体化し、話し言葉で構成を考えるということですね。

その結果、追加の素材が必要なことが判明し、新たに収集します。

これで記事が完成!!

仮にこれだけポンと置かれても、普通の上手なプロの文章だな〜で終わってしまいますが、その作成過程を説明されることで、参考度が飛躍的に上がりますね!!

素材の組み立て方その② 「2000字」の文章

文字数が2000字を超えてくると、基本の「骨格」を意識すると早いといいます。

結論→その理由と背景→結論を捕捉する具体例→まとめ

まず読者と目的を設定。

  • 読者:友人
  • 目的:「しっかりしたロジックのもと、健康的に痩せられた」ことを伝える

そして素材を集めて、「目の前に読者がいたらどう説明するか」を考えます。

そういったときによく使用する王道ステップが紹介されていますね。

  1. 「読者の共感」から入る
  2. 「それは、実は違うのではないか」と、読者に「疑義」を唱える
  3. その「疑義の裏付け」を書く
  4. 加えて「新たな発見」で驚かせる
  5. 「結論」を伝える

いやー参考になります! 個人的には4の項目が難しそうだなぁと思いました。

で、先ほどの基本の骨格とこの王道ステップを組み合わせて、文章のおおまかな構成を考えるわけですね。

見た感じだと、それほど骨格やステップにこだわらず、ある程度臨機応変に構成を考えても良さそうですね。

最後に、構成の各項目に適した素材を詰め込んで、完成!!

うーん、体系的でわかりやすい!!

素材の組み立て方その③ 「5000字」の文章

この規模になってくると、構成を練るのも一苦労ですよね。こういうときは、素材を見ながら構成を考える方法が勧められています。

取材して文章を書くときの「素材ノート」の作り方

私は、取材するとき、A4版の大型のノートにできるだけたくさんのメモを取ります。

そして、自宅に戻って来てから、ICレコーダーで録音した取材の様子を早回しで聞きながら、メモしきれなかった内容を加筆していきます。

(中略)

そして、素材になりそうな内容だけを拾うようにマーカーで印をつけていく。

今すぐ試したいと思ったのは僕だけじゃないはず。

「グルーピング」できる

ここまでで素材が十分集まっているので、その素材をグループ分けしていく、ということですね。

で、そのグループをどういう順番で書くかで、構成が自然とできあがるわけですね。

素材を「強調」して伝わりやすくする

熱い想いを持って書くと、スラスラ書け、スラスラ読ませることができる、と。 ここにきて、書き手の気持ちを前面に押していますね。私みたいな人間は「ん? 根性論か?」と警戒してしましますが(笑)、まあ読んでいきましょう。

素材を「驚き」で味付けするとどうなるか?

よかった、ちゃんと理屈があるようです。

ただ素材を並べるのではなく、意識的に強調することによって、素材は引き立ちます。

強調とは、具体的にどうするのでしょうか。

「目的」に立ち返ると強調する素材が判断できる

例を見る限りでは、自分の意表を突かれたエピソードをうまく素材と絡める、という感じでしょうか。

ここはもう少し技術的なアドバイスがあればなーと思いました。

正しい文章の「削り方」

文章のボリュームが大幅にオーバーしてしまった・・・。私には贅沢な悩みだなーと映ってしまいますが(笑)、今後そういう日が来ることを願って読んでいきます!

ポイントは、

  1. 素材レベルで削る
  2. 目的と読者に立ち返って判断する

もう一度素材のリストを見返して、目的と読者の観点から優先順位を決めて、素材ごとに削り、それを本文に反映させていく、という感じでしょうか。

10分でシンプルな企画書を書く

ブログをやってると気になるところなんですよね〜。それも10分で!?

ここでも、設定した目的と読者を元に考えていくようです。

「課題」とその「解決法」に沿って素材を集める

  1. 企画の狙いをまとめる
  2. それを1つの言葉に変換する
  3. それを念頭において、そのための「課題」を設定する
  4. その課題がこの企画で解決できることを示す

といった感じでしょうか。地に足のついた方法ですね。

20分で500字の書評を書く

来ました書評!! 正座して読みます(笑)

若いライター向けに書評を書く、という例で、この小説家の文章が、どういう学びになるか、ということを前面に出していますね。

いやー視界が一気に開けた気がしました。

今まで「自分の感性」しか書評の素材にはできないなーと思っていたのですが、具体的な読者と目的をどう設定するかで、どんな書評にもなり得るんだなーと。これは自分ひとりでは気づけませんでしたねー。

40分で1000字のコラムを書く

今度のテーマは「どうしてリクルートは変化に強いのか」。

著者は読者を「変化や成長に関心がある人」。目的を「リクルートの変化する力はどこにあるのか」

ここから、結論を「自然に変化に強い会社になったのではなく、変わるための努力を続けている」と設定し、それに沿った素材を収集。

本1冊10万字を「5日」で書く

本って、読むだけでこんなに時間がかかるんだから、書いてるはどれだけ時間をかけてるんだろうな〜と想像したことはないでしょうか。

それが5日で書くというんですから驚かされます。

10万字を一気に書くのは大変だが、2000字の原稿が50個集まっただけだ、ならば、2000文字の原稿を50個書けばいいだけじゃないか、とわかったのです。

で、2000字の記事を1日10本書けば、5日で10万字に到達する、というわけですね。

こう言われると、僕も半月ほどあれば本1冊書けそうな気がして来ました(笑) まだ無理なんですけどね〜。

同じくブロガーの方はもう本何冊分も記事を書かれているのではないでしょうか。僕も頑張ろう。

苦もなく長文が書ける「ふせん素材管理法」

ブックライターの仕事の流れが紹介されています。役立てる機会があるかはわかりませんが、本屋に並んでいる本はこうしてできているのかー、と工場見学のようなおもしろさがありますね。

「2000字」になる素材をまとめていく

まず目次を作っておく。

長時間のインタビューを字起こしした膨大な資料をじっくり読んだ後は、2000字ごとのまとまりになるよう素材を区分けしていく。

これは長年の感覚がものを言いそうです。

で、それぞれの2000字のかたまりに、目次の各章に対応した色のふせんを貼っていき、ふせんには貼った素材が何なのか分かるようなキーワードをメモする。

これを全部にするわけですね。

あとは、1ふせん2000字なので、目次と照らし合わせて構成を考え、あとは文章を書くだけ、となるわけですね。

書評といっても、必ずしも本の内容の話をしなければならないわけではありません。 読者と目的をしっかり定めていれば、いろんな書き方がある。 (中略) 必要なのは、読者にとってのベネフィットです。

やはり個人的には書評の項が印象に残りました。自分の感性ばかりにたよるのではなく、読者と目的を想定して、「利益」のある文章を書けるようになりたいと思いました。

本書の実況はこれで以上です!!

読書実況第1弾、いかがだったでしょうか!?

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

至らないところがまだ多くあると思いますので、コメントで教えていただければ幸いです。

それではまた別の実況で!!!!!!

10倍速く書ける 超スピード文章術

10倍速く書ける 超スピード文章術

本書に沿って書いた記事もぜひ!↓

www.book-live.work

否定しなくていい、ただし疑え

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情報収拾をしていると、「成功者から学ぶ」系の文をたびたび目にしますよね。

確かに、自分が目指す道で成功している人から「どうやったらそうなったの?」と聞きたくなるのはごく自然で当然の反応だと思います。

私自身、ブログを始めて間もないのですが、ブログのデザイン設定や情報発信の仕方など、本当に数多くのブログを参考にさせていただきました。

一方で、特にツイッターやライフハック系のブログなどをみると、「開始半月で収入10万!」、「月収100万達成!」など極端な物言いが多く、胡散臭さが拭えないのも事実。

わたしたちは、何を基準にして、自分の成功に役立てればいいのでしょうか。

それには、効果のある解決策とはどういうものかを考える必要があると思います。

間違った情報を正しいと信じる例

例として、競馬に詳しくないあなたが、熟練と言われている男から「この馬券を買えば確実に当たる」という情報を得たとします。

半信半疑ですが、自分で選ぼうにも右も左もわかりません。大した額ではなかったので、ものは試しということで購入します。すると、これがなんと的中! 次に、先ほどの男から「必勝法をまとめたメルマガを契約しないか」と持ちかけられます。以前より少し高くつきますが、前回勝った利益もあるので購入してみます。するとこれも大当たり。

こうなると、「あの人の言っていることは本当だ」と確信を持ってしまうのではないでしょうか。


しかし、御察しの通り、この話には当然落とし穴があります。


その男が、当たる確率が1割程度の様々な馬券を1000人の人に買わせていたとするとどうでしょうか。

確率的に、1度目のレースで100人ほどの人が当たり、2度目のレースで10人ほどの人が連続で当たることになります。その10人の中に、あなたが偶然入っていただけなのですが、あなたは「あの人の情報はいつも正しい」と騙されているというわけです。

こうなってしまうと、その後多少外れることはあっても、多くの人が継続的かつ盲目的にその男の言葉を信じてしまいます。

そして男は、10人に情報商材を売りまくり、「競馬で当てた」と行ってまわって、次のカモを漁るわけですね。

人間の生物的な愚かさ

これは、

  • 信念バイアス:いったん正しそうな結果が得られると、「過程や議論」を正しく評価できなくなる。

  • 確証バイアス:自分の建てた仮説に沿った結果を確認してしまうと、客観的な判断ができなくなる。

といった認知バイアスが人に備わっているためです。もちろん、これは自然界を生きていく上で有利だから備わっただけで、バイアス自体が悪者なわけではありません。

しかし、この特殊な現代社会では妨げになるのも事実。

対処するためには、この情報はどれだけ根拠がしっかりしているのか、と自分に問いかける習慣を持つ必要があります。

価値ある情報を「無価値」と思い込む

私の好きな本に、GRIT という本があります。

やり抜く力 GRIT(グリット)――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける

やり抜く力 GRIT(グリット)――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける

GRITというのは、「障害があっても頑張ってやり抜く能力」のこと。

学生や軍人を対象にした調査で、継続する力が高い人ほど人生に成功する確率が高いという結果が出た、という内容がベースになっています。

ベストセラーになったので知っている方も多いのではないでしょうか。

ですがこの本、どうもはてなブログの書評をざっとみてまわったところ、

  • 「継続が大切なのは当然じゃん」

  • 「当たり前のことしか書いてない」

  • 「ハーバードのネームバリューで売れただけだろ」

といった批判があるようです。

これらは根拠を軽視している意見としか思えません。

本をいくら読もうが、人は「思い込み」にとらわれる

当然ですが、私たちが普段当たり前だと思っていることも、実は間違っている可能性が僅かながらあります。

実際、目標に向かって頑張り抜く能力のある人は、中年になると記憶力や頭の回転が低下し、健康リスクが増加する、という研究もあります。

Hostile attitudes and effortful coping in young adulthood predict cognition 25 years later

統計でしっかりと裏付けし、「不安にならなくても大丈夫だよ! そのまま頑張れ!」と背中を押してくれるのですから、多くの努力する人に支持されるのは至極妥当な評価だと思います。

なんの裏付けも根拠もなく、「継続は力なり」と唱えている人の言葉とは、内容が同じでも重みが違うわけです。

年間何百冊も本を読み、いい大学を出て、書評で多くの人に支持されるような人でさえ、認知バイアスが加わると、結論の過程を評価できなくなるわけですね。

これは当然私自身にも起き得ることです。

ではわたしたちは、本当に価値ある情報をどう判断すればよいでしょうか。

価値のある情報を選び取るには

認知バイアスは人の種としての本能なので、努力でなくすことはできません。

いくら合理性を鍛えたところで、ある状況下ではその能力が発揮できなくなるからです。

ですので、

  1. どの情報がどれくらい根拠があるのか疑う習慣を持つ。

  2. どういった情報が根拠があるといえるか、判断する力を養う。

この辺を攻めるのが妥当かなと思います。

で、2は、1次情報である出典から自分で判断する力が必要になるので、

  • 英語の論文を当たるための英語力

  • 論文の妥当性を理解するための統計の知識

この2点からアプローチしてみるのがいいんじゃないかと思います。

さて、こう考えると、一人の成功者の方法論が、いかに根拠のないものものか、おわかりいただけたのではないでしょうか。

妥当性の高い統計実験で証明された手法、またそれをベースに発展させた方法論こそ、価値のある情報といえるわけですね。

↓参考にした本

心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス入門―エビデンスを「まなぶ」「つくる」「つかう」

心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス入門―エビデンスを「まなぶ」「つくる」「つかう」

「原因」と「結果」の法則

「原因」と「結果」の法則


というわけで、はじめてこういうブログっぽい記事を書いたのですがいかがだったでしょうか。

お見苦しい点あったかと思いますが、最後まで目を通してくださりありがとうございます!!

普段は読書実況をやっておりますので、興味があればそちらも是非!

今回の記事は、「超スピード文章術」の手法に沿って書きました!!

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いざ生きめやも - アルタッドに捧ぐ part 4 「第四章」

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こんばんは。のび作の実弟の味付け海苔です。

依然キャラを模索中であります。

さて、『アルタッドに捧ぐ』の実況は、これで最終回となります。

手探りでやってきましたが、俺のブレブレのキャラにここまで付き合ってくださったすべての人に感謝です。

それでは、第四章です。パチパチ。

part 1 はこちら

part 3 はこちら

十二月も半ばを過ぎた頃のある夜、本間の家には亜希がきていた。亜季は台所でココアを淹れていて、本間はソファに横になり、当時のことを振り返っていた。

仲良きことは美しきかな。いいなあ。

どうでもいい会話だけど、このどうでもいい会話のどうでもよさが絶妙にどうでもいいですね。

ホントに、どうして別れたんだろう。

あー、でもやっぱり知りたくないかも。ご想像におまかせされておきたいかも。

まあ、仮になにかしらの行き違いとかがあったとしても、夫婦喧嘩は犬も食わぬって言うし。

アルタッドだってきっと食わないであろう。

あと恋人じゃなくて〈元〉恋人っていう関係性がいい。

「恋人」っていう言葉が持っている雰囲気によって、二人の関係のオリジナリティが損なわれることを防いでいるというか。

友達とか恋人とか夫婦とかっていう既成概念から自由な、「本間と亜季の関係」としか言いようのない関係というか。

はたから見たら恋人とほぼ同じようなんだけど、「元恋人」っていう断りをいれることで一定の距離感が生まれています。

これが恋人の設定だったら、仮に内容がまったく同じでも、受ける印象はぜんぜん違ったんじゃないかな。

もしそうだったら、ただの陳腐な恋愛描写になってたかもしれないですね。

個人的に、今まで接してきたフィクションの中でいちばんちょうどいい距離感かも。

アルタッドの口は半開きのままで、本気で威嚇するときの迫力とは程遠い、どこかユーモラスな顔つきが維持されていた。亜希は、これ以上接近すればアルタッドは本当に威嚇し始めるだろうと思われる、そのぎりぎりの位置で立ち止まった。亜季とアルタッド、両者はまるで同じ戸惑いを共有しているかのようだった。

亜希とアルタッドの対面のシーン。

こういう時にぎりぎりのラインで立ち止まれる亜希ちゃんがステキです。

人間関係でも距離感って難しいですもんね。

今よりも関係を深めようと思ったら、ブチギレられる直前のラインまで踏み込む必要があるんじゃないかな。

むかし聞いた話だと、幸福のためにいちばん重要な要素って人間関係なんですって。

戸惑いながらでも、できるだけ多くの人と良好な関係を築いていけたらいいですよね。

と、ここで半ば唐突に、現在の本間のスタンスの説明が挿入されています。

歓喜によって上り詰めた先に、死が口を開けて待っていたとしても、あるいは歓喜そのものが死への跳躍に転ずるのだとしても、それは彼にとって決して絶望的なことではなかった。彼は、文字を書くことなど考えられないような忘我、至福、恍惚、それらの極点に至れるのならば、幸いだと考えていたのである。それは、我を忘れたくて仕方がない、死を恐れない、あるいはモイパラシアの死を顧みない、といったような心境とは似て非なるものであり、到達できないことを知りながらも接近を夢見続けるような、言わば、積極的諦念とでも呼ぶべき心境であった。

あれ? おかしいですね。

第三章が終わった時点での心境とはくるっと180度変わったように見えます。

この二三か月の間になにか契機となる出来事があったのでしょうか。

しかし、そうしたことについての記述は見当たりません。

これはいったいどういうことなのでしょう。

ここでふと、堀辰雄の小説『風立ちぬ』のことを思い出しました。

このタイトルは、フランスを代表する詩人であるポール・ヴァレリーの詩の一節「Le vent se lève, il faut tenter de vivre」を訳したものです。

直訳すると「風が起きた、生きることを試みねばならない」となります。

promontory.cocolog-nifty.com

堀越二郎の生涯を絡めたジブリの映画では、キャッチコピーが『生きねば』となっていましたね。

堀はこれを「風立ちぬ、いざ生きめやも(生きるのかなあ。いや、生きないよなあ)」と少しネガティブなニュアンスを含めて訳しています。

ああ、みなさん! これぞまさに積極的諦念ではありませんか!!

最愛の奥さんを亡くすという経験を経たのちでも、一陣の風が立ったそのとき、なぜかはよくわからないけれど「いざ生きめやも」と思った、と。

人間というものは、たとえどん底に沈んでいたとしても、ちょっと風が立ったくらいのなんでもないことで「いざ生きめやも」と思えることがあるのだということですね。

そう言えば、本間は作中でフランス語の勉強をしていましたね。

きっと念頭には、この詩のことがあったに違いないと思います。

本間の心にも、フッと一陣の風が立ったということなのかもしれませんね。

さて、少し飛んで、新年を迎えるころのことです。

雪をざくざく鳴らしながら歩き、彼は石楠花の木の前で膝を突いた。彼は、小さな石を覆い隠している雪を、両手で少しずつ丁寧に払っていった。やがて、モイパラシアの墓石が雪の下から姿を現した。石の下に埋まっているのは少年の左腕だけであったが、彼は時々その墓前で手を合わせていたのである。

本間はモイパラシアの墓を前にして、まるで独白のように、いろいろなことを次々と語っていきます。

結局モイパラシアの死についてはなにも分からないままだということ。

時には自分も死んでしまいたいと思うことがあり、どんなに駆けずり回っても牢獄の壁を破るには至らないということ。

自分の背後にも見えない作者がいて、自分がそのコントロール下にあるような気がするということ。

それでも自分は、アルタッドとアロポポルのために生きるつもりであるということ・・・・・・。

そして最後に、本間はこう結びます。

いつかこの先、きみの死について書くことだってあるかもしれない。きみの死を、話を展開させるために利用することだってあるかもしれない。そのときは、どうか俺を許してほしい。きみが安らかに眠っていることを祈る。

芥川賞作家の三田誠広さんが、著書『ワセダ大学小説教室 天気の好い日は小説を書こう』のなかで次のように言ってらっしゃいました。

教室では、技術的なことは教えられるのですが、肝心のことは、教えられません。その肝心なことは何かというと、ようするに、何を書くかということです。これについては、こんな言い方しかできません。自分にとってもっとも切実なテーマを誠実に書く。これが出発点です。

そうであるならば、本間はモイパラシアの死を扱わざるを得ませんね。

そこには当然、それ相応の責任が伴ってくることでしょう。

その責任に見合うだけの誠実さをもって臨む覚悟がなければ、小説を書く資格はないのだと。

そして、本間がモイパラシアに対していかに誠実に向き合っているのか、ここまで読んできた俺たちはよく知っているはずです。

三月初旬のある夕方、大学院試験の合格祝いということで亜季が本間の家を訪れた。

ああ、大学院試験合格したんだね。本間くんおめでとう。

シャンパンを飲み、チーズケーキを食べる。隣には亜希ちゃん。

この幸せ者め! お前なんかアルタッドに喰われてしまえ!!

なんかこの場面、小坂明子の『あなた』の歌詞を彷彿とさせますね。

「真っ赤な~バラ(シャンパン)と~ 白い~パンジ~(チーズケーキ) 子犬(アルタッド)の~ よこには~ あな~た~♪」

「これ、前に見たいって言ってたやつ。昔描いた絵だよ」

ケーキを食べ終わった亜希が、そう言って鞄のなかから一枚の絵を取り出した。

ああ、亜希ちゃんは絵を描くんですね。

芸術家同士、本間とは気が合うのかもしれません。

それからまた、とりとめのない会話が続きます。いいなあ、こういうの。

突然、亜希は何かを思いついたかのように立ち上がり、鞄のなかを漁ると、何本かのペンを取り出した。

「よし、決めた。今日は点描だ」

そう言って亜希は本間にペンを手渡した。

「なんでそうなるのさ。点描なんてやったことないよ」

「さっき、きみの絵のように書けたらな、って言ったでしょ」

「言った」

「今日は私と絵を描いて、明日からは自分の小説を書く」

「信じ難いほどにいいひとだな」

ようやっと気づいたか、本間よ!

そうして、二人は一緒にアルタッドの絵を描きはじめます。

二人はすでに言葉を交わしていなかった。それぞれの打つ点、そして画用紙を通して伝わってくる微かな振動によって、互いに意思の疎通が図れていたのである。

俺は将棋を指すのですが、格言に「棋は対話なり」という言葉があります。

強い人同士でやると、駒を動かしているだけで、なんとなく相手の考えていることが分かる瞬間があったりします(俺はむちゃくちゃ強いです)。

将棋でなくても、ちょっとしたアイコンタクトで相手の言わんとしていることがわかったりした経験って、誰しもあると思います。

そういう非言語コミュニケーションが成立した瞬間って、なんだか無性に嬉しくなっちゃいますよね。

ましてやその相手が好きな人だったりした日には、もう最高でしょう。

さて、絵がだんだんと完成に近づいていきます。

アロポポルのてっぺんに咲いた花に、アルタッドが鶏冠を擦りつけている場面の絵です。

成長速度は極めて速いものの、アロポポルが花を咲かせるまでには十年から数十年の時を要するため、長くとも十年ほどしか生きられないアルタッドは、花を見ることなく死んでしまう可能性の方が高いのである。

叶う望みがほぼ無いことを承知していながらも、夢のヴィジョンを画用紙の上に固定するべく、ひとつまたひとつと点を打っていく本間。

「積極的諦念」ですね。

ところで、これってなんだか小説を書く行為と似ているような気がしませんか?

叶わなかった夢や、叶う見込みのない夢を、叶ったものとして描いていく。

そうして出来上がった作品は作り物かもしれない。

それでもある次元においては、確かに本当のことなんだと言うことができる。

アルタッドとアロポポルの存在がそれを証明しています。

これはみんなにとって、まぎれもない希望ですね。

みなさんにとって文学が、心のなかに立つ一陣の風でありますように!

作品が完成する瞬間とは不思議なもので、ある点を打ったとき、本間は、あとひとつでも多く点を打ったら嘘をついたことになってしまうと思い、点を打つのをぴたりとやめてしまったのであるが、するとその瞬間、亜希も彼の判断に同意するかのようにして、点を打つのをぴたりとやめてしまったのである。

以前、テレビの某バラエティ番組で見た記憶があるのですが、嵐の相葉雅紀さんがゲストのおじさん方に「ジーンズを洗うタイミングがわからない」という相談をされていました。

するとゲストのひとりが言いました。

「大丈夫だ。ジーンズの方から『洗ってくれ!』って言うから」

短歌や俳句と違って、小説や現代詩はいつ書き終えるかの判断が作者の側にゆだねられています。

「この一行で終わりだ!」と作品の側から言ってくれるという体験。

これが本間の言うところの「自分ならざる者が語りだす瞬間」なのかもしれませんね。

アルタッドに捧ぐ

アルタッドに捧ぐ

自分の抱えるものって、実は大したことじゃない - 『クリスマスのフロスト』 part 8 「水曜日1〜2」

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センター試験終わりましたね。受験生の皆さんはひとまずお疲れ様です。

最近、勉強を頑張っている学生をニュースやSNSでみるのが一番モチベーションになります。

僕も頑張らな!と。

ん? 頑張らなって自分にも使っていいんだよな?と、ゲシュタルト崩壊してきたので(笑)「頑張らな」をネットで調べてみると、

detail.chiebukuro.yahoo.co.jp

こんな質問があって面白かったです。着眼点が天才のそれ(笑)

part 1 はこちら

part 7 はこちら

水曜日1

フロスト、捜査会議のことを思い出します! いやー危なかった。今日忘れたら3日連続ですもんねー。遅刻は遅刻ですが。でも進歩は進歩ですよ。それなのにここぞとばかりにフロストをコケにするマレット。パワハラ野郎め!


例の大昔の死体について情報を得るために、銀行強盗の事件について、当のベニントン銀行デントン店に話を聞きに行きます。

支店長のハドスンによると、ガーウッドという人物が詳しいのだそう。サンディの話に出て来た、運転手の男ですね。

しかし、今日に限って無断欠勤しているとのこと。普段はそんなことをする男ではないと。

・・・んー? これは嫌な予感。


ガーウッドの自宅にきましたが、人の気配がありません。先程からチラチラとこちらを気にしている、隣の家のおばさん(マシンガントークの使い手)に話を聞くと、見当違いにもガーウッドの犬の話をし始めます。

まあでも、その犬が見当たらないのも気になりますねー。

2人が裏手に回ると、・・・明らかに殺されたであろう犬の死体が。あぁ、どおりで鳴き声がしなかったわけか。これはガーウッドの身も心配です。

勝手口の鍵をこじ開けようとすると、どこからか2人の男が襲いかかってきました!! 

犯人か!? と思ったら警官。あー、さっきのおばさんが通報したのか(笑) でも人数が増えたのは少し心強いですね。

勝手口は結局万能鍵では開かなかったんでしょうか、クライヴがダストシュートに突入!

「覚悟を決めろ、坊や、新人には特別待遇だ。ガーウッドさんのきれいな石炭のうえに鼻血を垂らすなよ」

フロストの激励に押されて(笑)、なんとか家に侵入し、中から鍵を開けます。

フロストと家を捜索していくと、・・・

案の定、男の死体が。

目を撃たれているようです。これはグロい。

水曜日2

鑑識チームが現場に到着。流石に慣れているのでしょう、クライヴが嘔吐してしまうような光景も動ずることなく、淡々と仕事をこなします。プロだなー、と思ったのもつかの間、飼い犬を扱うとなると、途端に感情的になります。

「今後、犬を飼うときには、不細工でノミだらけでうんと臭いやつを選ぶことにするよ」とフロストは言った。「そうすれば、おれとワン公が同時に殺された場合でも、同情票を持っていかれずにすむだろう?」

笑っていいのかどうか。まあ笑っちゃいましたが(笑)。


鑑識チームが帰り、フロストとクライブは状況を整理します。

ボイラーの一件は、フロストが冴えてるなぁと唸らされました。今後納得のいく解答は得られるんでしょうか。

で、まさかのマレット登場。何しにきたのかと思ったら、・・・こすいことしますねー。本来自分が負うべきリスクをフロストに負わせて、フロストが努力の末に手柄を得られようともそれを取り上げる算段ときました。


と、ここで死体の男が本当にガーウッドなのか調べる必要があることに気がつきます。痛々しい死体と対面する犠牲者は、支店長のハドスンに決定。ハドスンの正義感を逆手にとって丸めこみます。かわいそうに・・・

「なに、簡単なことです。シーツの橋をめくって、ちょっとなかをのぞくだけだから。昼飯の時間までには充分戻って来られますよ」

昼飯なんか食えるか!!(笑)


死体の描写がやけに生々しいですね。

何はともあれ、無事に身元を確定させることができました。

はたして前進なのか。後退なのか。

本日の名言

「きっと、警部自身が変わったんですよ。家じゃなくて」

鑑識チームが帰って静かになったガーウッドの家を、フロストが奥さん亡き後の自宅と重ねた時の、クライヴの一言。

これ、一見すると身も蓋もない野暮な発言にみえるのですが、僕はすごく好きです。

自分が抱えてる問題も、実はなんでもない単純なことだろ、と思えてくるんですよね。

クリスマスのフロスト (創元推理文庫)

クリスマスのフロスト (創元推理文庫)

「水曜日3〜4」を読み終えた方は、part 9 へどうぞ!

To Be or Not To Be - アルタッドに捧ぐ part3 「第三章」

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こんばんは。のび作の実弟味付け海苔です。前回まではテンションに任せてノリノリで書いていた俺でした。

でも今回ばかりは内容が内容だけに、昨日みたいにふざけようものなら、ネット界に何億人とひしめくマジメ系モラリストの心無いバッシングに晒されること必至です。

というわけで、今回は全身全霊をもって、あくまで粛々と実況を進めていくことにしたいと思います。

安心してください。

ゴーストライターではありません。

それでは、三章です。パチパチ。

アルタッドに捧ぐ

アルタッドに捧ぐ

夏の終わりごろに差し掛かったところで、アルタッドは一段と著しい成長をみせます。ご飯をモリモリ食べて、バリバリ脱皮して、長時間ぐっすり眠る。

これで大きくならなきゃウソですね。

そんな折、本間のアルバイト先の部署が解体され、解雇されてしまう。

ますます暇になった本間は、ようやく重い腰を上げて大学院試験に向けて勉強を始めます。

本間が勉強をしているときも、アルタッドは机の上を動き回ったり、フランス語の辞書を齧ったりと忙しない様子。

人によっては、気が散ったり煩わしく思ったりするところかもしれませんね。

ところが本間は、その方がかえって机に向かう苦痛が和らぐというのです。

この点にかんしては俺も多分本間と同じだと思います。

一人で机に向かってる時の孤独感って、筆舌に尽くしがたいものがありますよね。特に夜。

でも、本間にはアルタッドがいるので寂しくありません。

本間はアルタッドの背中をさすりながら、「ほら、朝ご飯だよ」と声をかけ、給餌にとりかかった。

本間はそんなアルタッドを成長を、真心こめてサポートします。

脱皮しやすいように温浴させてやったり、来たる冬に向けて給餌に気を遣ったり。

アロポポルの表皮にナイフで傷をつけてた夜以来、本間はその償いをするかのように、熱心にアルタッドの世話を焼くようになっていた。

本間をそうさせているのは、前章で犯してしまった罪に対する自責の念なんですね。なんとも切ない。

と、そんなある日のこと、モイパラシアの物語の原稿が、机の下から見つかりました。

モイパラシアの腕を埋葬したときに全部使ったのかと思ってましたが、そうじゃなかったんですね。

モイパラシアは老婆に聞いた。

「どうして、今回の戦には参加しちゃだめなの?」

「みんな死んでしまうからさ」

(中略)

モイパラシアは尋ねた。

「ねえ、なぜ僕は生きていかなければいけないの?」

老婆は答えた。

「それはおまえには知る必要のないことさ、モイパラシア」

本間は没原稿を読み、この場面の着想のもととなった自分の体験を思い出します。

それは、本間が生まれて初めて死を意識したとき、自分自身に投げかけた問いだったと。

突然、少年は、みんないずれ死んでしまうのだと思った。百年も経てば園庭を駆ける男の子たちも、ブランコで揺れている女の子たちも、みんなこの地上からいなくなってしまうのだと、ふと考えた。なぜかは分からないが、光の降り注ぐ春の午後に、少年はそう思ったのである。

それは実に、幼稚園児の頃の体験だったというのです。

第一印象として、早いな、と思いました。

でもちょっと振り返ってみると、俺も幼稚園児の頃にはもう死を意識していたな、ということが思い出されたんですね。

part1の「本日の名言」で書いたことですが、俺は、夜眠らずに朝を迎えたら死ぬものだと、なぜか信じていました。

それは俺が四、五歳の頃のことです。

案外みんなそんなものなのかもしれませんね。どう思われますか?

本間は、自分が今暮らしている家の住人であった祖父がどのようにして死んでいったのか、ということに思いを馳せます。

そうしたことから、死についての漠然とした思索にふける本間。

「書くことは死に抗おうとする行為なのだろうか。それとも死に向かう運動に他ならないのだろうか。(中略)歓喜も恍惚も、所詮は死への憧憬のあらわれに過ぎないのだろうか。俺は、書くという行為は天上的なものを引き摺り下ろそうとする行為に過ぎないと考えていたが、本当は、書くという行為、物語を紡ぐという行為は、天上的なものの先にある死に向かってひた走ることに他ならないかもしれない」

いささか観念的な話になってきましたね。

生きるために書くのか、死ぬために書くのか。

そういえば、第一章にこんな記述があったことを思い出しました。

水を飲めば飲むほどに考えることは透明になっていき、それだけいっそう、自分以外の何かが語りだす瞬間が生じやすくなると考えていたのである。

この「自分以外の何か」と「天上的なもの」というのはイコールと考えてよさそうです。

ちょっと抽象的な場面なので自分なりにまとめてみました。

もしかするとちがう解釈をなさった方もいらっしゃるかもしれませんが、参考までに。

  1. 当初は、自分の人生を価値あるものにするために芸術を極めようとしていた。

  2. シャーマンのように「自分以外の何か」を降ろすことでそれを達成しようとして、 そのために罪を犯しさえした。

  3. しかしここへきて、価値あるものにしようとしていた人生そのものが、あまりにも儚いものだったということを思い出してしまった。

  4. その儚さの前では、「生きる」という働きかけなど、その先に待ち受ける死によって瞬く間に吸収されてしまうように思われる。

  5. そうであるならば、自分の働きかけなど、ただの「死に向かう運動」だといっても過言ではないのではないか。

死ついてどう考えるべきか。これは、いつの世にも最も切実な問題のひとつといえるのではないでしょうか。

このような問い・悩みに対して、最も即効性の期待できる解決策が宗教です。(俺は祖父の代から三代続く生粋のクリスチャンで、大学でも牧師になるための勉強していました。なれなかったけど)

日本人作家では、遠藤周作や三浦綾子などが、クリスチャンとしての視座から小説を書いています。

ただ弱点として、宗教って、それを信仰していない人にとっては影響力を持たないんですよね(当たり前だけど)。

でも、安心してください。日本文学カッコイイ。

日本で二人目のノーベル賞作家である大江健三郎は、「宗教なき救済」をテーマとしていくつかの小説を書いていらっしゃいます。

マジで悩んでいて、もうどうしようもないって方がもしいらっしゃったら、大江健三郎を読んでみてください。

純文学って、こういう切実なことを考える際のひとつのヒントになるんだと俺は思っています。

秋も深まっていくなか、本間の抱えていた書くことに関する不安は次第に和らいでいった。書くことを完全に断念したわけではなかったが、彼は文章を書くことのない生活に羨望を覚えていたのである。

本間は小説を書くことの意味を見失い、自分の人生の中で最も快かった日々――一年半前のギリシャ旅行――の回想を始めます。

その旅行中「アルタッドが一緒にいてくれたら」という空想を展開していくんですね。

俺は、アルタッドが光を浴びるときのように生きてみたいのだ。文章を書く必要など感じることなく、ただそこにあるものを享受するような生き方。

本間は、文章を書けない存在であるアルタッドに憧れます。

そうすることで、文章を書くという行為に関連付けられてしまった死への不安から解放されたかったということでしょう。

本日の名言

モイパラシアが老婆によって生かされている理由を考えることは、自分がこの世に甘んじている理由を考えることに等しく、モイパラシアの死について考えることは、自分の死について考えることに等しいように思われた。

日本文学界に限って見ても、芥川龍之介や太宰治や佐藤泰志など、多くの作家が自殺によって生涯を終えました。しかし、彼らの文学によって死への憧憬から解放された人も少なからずいます。何を隠そう、俺もその一人です。このことについてどう考えたらいいのでしょうか。

アルタッドに捧ぐ

アルタッドに捧ぐ

生き抜くための高校数学 part 6 「2.2 連立方程式と高次方程式」

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ネットはズブの素人なのですが、この休日で、ブログのデザインを細々といじって見ました。

それがまあ時間が飛ぶようにすぎるほどおもしろくて!!

将来そっち方面にも足をつっこんでみたいなーとか思ったり。

ズブだけにズブッと。

part 1 はこちら

part 6 はこちら

連立方程式と高次方程式

問題

鶴亀算が紹介されていますね。童心に帰って解いていきます。

  • 鶴と亀が合わせて50匹
  • 足の合計は140本
  • 鶴と亀はそれぞれ何匹か求めよ

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連立方程式は、変数の数と式の数の関係が説明されています。これを体感的に学ぶために、3元1次連立方程式を解いていく、ということですね。

例1(3元1次連立方程式)

まずはふつうの計算問題。

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次は文章題。

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3元の連立方程式で文章題って、考えてみればあんまり解いたことなかったです。タコに帽子をかぶせたり、リードは一人一本の独自ルールを作ったりと、ユニークな問題ですね。


これはわたし知りませんでした。

何らかの条件がついているような連立方程式では、変数の個数が式の個数より少なくても、解を求めることができる場合があることです。

なに――!?

その例が、例2なわけですね!!

例2(誕生日当てクイズ)

生まれた日の数を10倍して、それに生まれた月の数を加えてください。その結果を2倍したものに生まれた月の数を加えると、いくつになりますか。

この1つの式で、月と日付の2つの変数を導けるということですね。

せっかくなので、あなたの誕生日で考えてみてください。

ひとつの数字が出てきましたね。わたしの場合は87になりました。

さて、ここで質問をそのまま式に直すと、

という形になります。

ここで、あなたの出した数字を20で割って、その余りを考えます。

これは、yの係数が20なので、

  • あなたの出した数字と
  • 3x

どちらも20で割ると、同じ数になるようにするためです。

いくつになりましたでしょうか。わたしの場合は、出てきた数字が87なので7です。

さて、本書の表をご覧ください。

余りの数と誕生月が、1体1で対応していることがわかります。

わたしの場合は、余りが7なので、9月ということが一意的に決まります。ギクー!!(笑)

で、変数の1つが求まったので、あとは普通に、先ほどの式から方程式を解いていけばいいわけですね。

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なな、何故わかった――!!!!(笑)

いやー驚きましたねー。新しい学びです。

ちなみにこれドラえもんの誕生日なんですけどね(笑)


ここからは、一般の高次方程式についてです。

5次以上の方程式は解くことができないことを証明したのはアベールという人だったんですねー。わたしはいままでガロアだと思っていました。ガロアは、解ける方程式と解けない方程式の境界を、一歩踏み込んで論じたことが功績になっているのか。知らなかったなー。いずれこの辺りの数学史関連の本も読んでみたくなってきました。

この辺から、数学好きの方もわくわくしてくる内容かと思います!!

例3

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ここでおもしろいのが、

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こういった記法が使えるということです。確かにシンプルになりますねー。

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さて、ここで2つの定理が紹介されています。どちらも証明とセットなのがナイスですね。

定理1(剰余定理)

x の数式 P(x) を x-a で割った余りを R とすれば R=P(a)

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定理2(因数定理)

xの数式 P(x) に関して、 P(a)=0 が成り立つならば、 x-a は整式 P(x) の因数である。

因数定理は剰余定理の特殊バージョンって感じですね。

でもこれだけだと、わかったような〜わからないような〜って感じですよね。

ご安心ください!(笑)

例題があります!

例4(因数定理を用いた高次方程式の解放)

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剰余定理の活用もやってみたかったところではあります。

本日の名言

実際のところ、剰余定理や因数定理は高次方程式を解くためというよりは、むしろ一般論を展開するときに大切なものであることを指摘しておきます。

一般論の展開に剰余定理を活用するパターンも見たい気もしますが、難易度高めなんでしょうね。

そういうレベルに耐えうる数字への強さを身につけるためにも、この辺の高校数学の範囲を当たり前のものに昇華させる必要があるのだと思います。

次回は集合と論理!!

生き抜くための高校数学: 高校数学の全範囲の基礎が完璧にわかる本

生き抜くための高校数学: 高校数学の全範囲の基礎が完璧にわかる本

「2.3 集合と論理」までよんだらこちら

噛み合わない会話 - アルタッドに捧ぐ part2「第二章」

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part 1 はこちら

part 2 はこちら

むしろ彼は、アルタッドから目が離せないため、自分は忙しくて仕方がないのだ、と言い張りたいくらいであっただろう。

あーわかるわかる。超忙しいもんね俺ら。定職に就いてないからってイコール暇人かっていったら全然そうじゃないよね。やることなんか無限に出てくるもんね。そういうのってほら、さみだれ式に発生してくるもんね。さみだれ式に。ほんとキリがないっていうか。もう暇とか言ってるヤツとか意味わかんないよね。むしろ「暇」っていう概念が意味わかんないよね。俺べつにアルタッドの世話してるわけじゃないけど、わかるわあ。いや、わかるわあ・・・。

暇人のみなさんこんばんは。のび作の実弟、味付け海苔でございます。小寒の候、いかがお過ごしでしょうか。

作中では季節が夏になりました。第一章は春だったんですね。モイパラシアの死から、はや二三か月。アルタッドとアロポポルの両名は、目を見張るスピードでぐんぐん成長していきます。

今やアルタッドの体長は拾った時のおよそ倍(40センチ弱)になり、アロポポルは本間の膝下に達するほどに伸びた。週に三日は化粧品会社のアルバイトにも通っている。

同世代の友人がみんな定職に就いているからって、なにを気兼ねすることがあるでしょう。

言うなればサタデーナイトフィーバー的なヤツですね。

ただ同世代の勤め人よりもサタデーナイトがほんのちょっぴり多いだけっていうか。月月火水木金金のだいぶラフなヤツっていうかなんていうか。単調だけど充実した日々。

結構なことですね。

ある日の夕方、本間は卯田駅で亜希と待ち合わせをしていた。(中略)学生時代の恋人である亜希と一緒に酒を飲むのも、随分と久しぶりのことであった。

え、ちょっと待って。

なんかマジでフィーバーしてるヤツいるんだけど。

あれ? フィーバーっていってもなんていうかこう、もっと内向的なフィーバーだと思ってたんだけど。

ガチのフィーバーだったの? 随分と久しぶりって具体的にどれくらい久しぶりなの? そもそもこれどっちから誘ったの?

「体験を再現するために書いてるんじゃない」

亜希は首を傾げ、目を見開いた。

「えっ、なに? どういうこと?」

本間は赤ワインを二つのグラスに注ぎ、片方を亜希に手渡してから言った。

「いや、ごめん、間違えただけ。つまり、俺が言おうとしたのは、働いてみて初めてわかることがある、という考えには反対だってことなんだ」

「はいはい、わかったわ。もう一回乾杯しよう」

詩人の立原道造は、当時付き合っていた恋人にこう言ったそうです。

「君が働け。僕は詩を書く」

ああ、言ってみたいなあ。

生きていくにはお金がいる。芸術はなかなかお金にはならない。でも、芸術に生きない人生には意味が見い出せない。芸術家の永遠の課題ですね。

それにしても、亜季ちゃんめっちゃいい子やん。

本間は亜季ちゃんのことを「無償で小説を書くことを仕事だとは思っていない」とか言ってるけど、亜季ちゃん多分、実はめっちゃ本間に対して理解ありますよね。そうじゃなきゃ「はいはい、わかったわ」のあとに「もう一回乾杯しよう」なんて言えないと思うんです。

というかそもそも一緒にワイン飲もうなんてならないと思うんです。みなさん、どう思います? 

理解があるからこそ、「現状認識が甘いのね」みたいにちょっと厳しいことも言ってくれるんだと思うんです。

亜季ちゃんめっちゃいい子やん。なんで別れたん? 就活で忙しくなるからとかそんな感じ? ちょっと俺にはわかんねえなあ。

男女の機微がわかる方がいたら教えてくほしいんですけど。お客様の中に恋愛マスターはいらっしゃいませんか!?

彼は、亜希が休みなく働いていることを知り――もとより知ってはいたが、仕事帰りの亜季と食事をすることで、同世代の働きぶりをまざまざと直視することになったのである――、祖父の家でごろごろしていることがなんとなく後ろめたくなり、申し訳程度にアルバイトの日数を増やしていたのである。

おい! ちょっと気にしてるんじゃねえよ!!

こないだあんなにダダこねるみたいにブーブー言ってたのに、あれはなんだったの!?

だいたいそれなら大学院試験の勉強するなり小説書くなりすりゃあいいじゃねえか!

バイトの日数ちょっと増やしたってしょうがないでしょうが!!

机の上に散らばった下品極まりないゴシップ記事の数々を見ているうちに、彼は無性に腹が立ってきた。「恍惚の感覚に身を委ねずに書かれた文章など視界に入れたくもない。こんな文章を書くような奴らはみんな豚なんだ。俺は、自分もまた一匹の豚でしかないということを受け入れた、諦念と倦怠の只中で文章を紡ぎたいとは思わない」そう考えながら、彼は庭に生えているアロポポルのことを思い浮かべていた。

そんでバイトに来たら来たで、仕事放り出してずっとこんなこと考えてるし。思春期か! 

まあそれはそれとして、こういう青臭い思想が小説の醍醐味のひとつなのではないかと、俺は思っています。

世の中にはたくさんの偉大な哲学者や思想家がいて、一応学問として体系的に整えられた思想が展開されていますよね。

わたしたちは多かれ少なかれそういった思想に影響を受けながら生きているわけですが、それを専門的にきちんと勉強しているわけではない一般市民は、その表層に触れることができるにすぎません。

「世の中にはなんとなくこういう考えがあるんだ」という、相対的にみて浅い次元にとどまっているというか。

小説家も、もちろん哲学者や思想家ではないので(なかには専門家の作家もいるけど)、あくまで一般市民の代表として、浅くツッコミどころのある思想で小説を書いているわけですね。

でもだからこそ、同じ一般市民であるわたしたちは、それをダイレクトに受け止めることができて、そのうえで共感したり、あるいは反発したりできるんじゃないでしょうか。

ところでみなさんは、こんな本間の考えに共感と反発のどっちを覚えるでしょうか。

ここまで読んでくれた人は薄々わかるかと思いますが、俺は目下のところ反発を覚えております。

アロポポルの誘惑と闘いながら、本間は熱帯夜を幾夜もくぐり抜けた。

それから本間は、アロポポル(エニマリィ)のドラッグ体験の只中で文章を書いてみたいという欲求に取りつかれていきます。

うん、まあ気持ちはわかるよ。俺も学生時代サイケデリック聞きまくってたし。なんかそういう境地って憧れちゃうよね。マジモンの芸術って感じするもんね。

それにしても、自給自足というか、自作自演というか。これ読んでると、小説家って地上最強の職業なんじゃないかって気がしてきます。

根を残しておけばアロポポルは何度でも再生するため、彼はアロポポルの頂部だけを切り取るつもりであった。

とうとう誘惑に負けてしまった本間は、おじいさんの形見のナイフを手に、夜な夜なアロポポルのもとへやってきます。

先っちょだけだからとばかりにナイフをあてがう本間。

アロポポルにほんの小さな傷がついた途端、我に返った本間は、後悔と自己嫌悪に襲われます。

アロポポルは再生しても、再生しないものがあるんだということですね。

観念的な、つまりは文学的な上司としての、過去の大作家たち。彼らは書店や図書館など、あらゆるところに存在していて、時には有り難い小言すらぼやく。その試みなら、私が遥か昔にやっているよ、等々。

文学的な上司なら、俺にもいっぱいいます。その中でいちばん小言をぼやくのは高橋源一郎さんです。

高橋さんの小言はまともに聞いていたらアタマがおかしくなるおそれがあるので、いつもは聞き流しています。

このあいだ、高橋さんは三塁コーチャーの格好をして「左の睾丸を二度、右の睾丸を一度」握りしめるというサインを送ってきました。「ジョン・レノン対火星人」のサインなのでした。

俺はバッターとして、いったいどうすればいいのでしょうか? 打つ? 一球待つ?

アルタッドに捧ぐ

アルタッドに捧ぐ

「第3章」までよんだらこちら

形容詞は使うな!? - 『超スピード文章術』 part 8 「第6章 読みやすく整える」

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いままでプロフィールに使っていた画像↓

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以前書店で買った置物でお気に入りなんですが、なーんかプロフィールに使うには気取ってる感があるなーと思って、自画像描いてみました↓

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すると、みるみるうちに、ツイッターで5人?の方にフォローしていただきまして、ありがたさで1日発狂していました。

イラストのテーマは「知性」←

よろしくお願いします。

追記:弟の味付け海苔に譲りました。

part 1 はこちら

part 7 はこちら

書き上げた文章は絶対にそのまま提出してはいけない

今回は文章の見直しについてですが、特段語ることがあるんですかね? 「見直しをちゃんとしなさい」以上に何をいうことがあるのか。読んでいきましょう!

「読者の視点」で修正する2つの効果

うーん、ここは題と内容がちょっと合ってない気がしました。

「読者の視点で修正する効果」というより、前章の「締め切りから余裕を持たせて書き上げる効果」が書いてあります。

その2つの効果が、

  • 文章を寝かせられるので、客観的な視点を得ることができる。
  • 原稿のクオリティを高める余裕が生まれる。

ということだと解釈しました。

コーヒーを飲むだけでも冷めた視点を獲得できる

時間を空けたほうが見直しの効率がよくなるけど、時間がない場合は、他のことをしてみるだけでも効果があるよーということですね。

とにかく、書き上げてノータイムで見直しに入るのが良くないと。

「全体」から「部分」へ焦点を移しながら修正する

ここからは見直しの具体的な工程についてです。ポイントは、

  • 読みやすくすること
  • わかりやすくすること

この2つは何が違うんでしょうか。

最初は「大きな論理」と「適切な素材配置」をチェック

最初にチェックするポイントが羅列してありますねー、これはありがたい。

ここでのポイントは、チェックするだけで、実際に修正は加えないことだそうです。

心がけたいのは、この「初見」の見直しが一番読者に近い視点であり、何度も見直せば見直すほど、全体をとらえる視点が徐々に失われていくということです。

「全体をとらえる視点」が必要になる作業を優先したほうがいいよーということですね。推敲するにも手順を重視するというのは新しい視点でした。

説明不足を埋め、「嫌悪感」を消していく

心にグサッと刺さりました。解説のような内容を書くとき、いつのまにか上から目線になっていることがあるんですよねー。

肝に命じて、ひとりの読者に寄り添うような丁寧な文章を心がけたいです。

語尾だけを見ながら「リズム」を作っていく

体言止め、「ですます調」と「である調」、会話文と「地」の文、これらの語尾でリズムを取っていけということですね。

巷では音読してみるのがいいとよく言われますが、語尾を意識するというのは、確かになーと思いました。

「ボリューム調整」は終盤でやるのが効率的

書き終えて、いきなり分量を整えるところから始めると、「せっかく整えたのに……」という意識が生まれて、心理的に修正しにくくなるのと、「やっぱりこっちを削るべきだった」という「修正のやり直し」が生まれて、無駄な時間がかかります。

ここでの「修正」というのは、「ボリューム調節」のことだけを指しているんですね。これを理解するのに相当時間がかかりました(笑)

で、一番最後に「誤字脱字」だけをチェックして完了と。

なんとなーく全体をチェックするのではなく、自分は今何をチェックしているのを具体的にするのがいいんですね。意識していこうと思いました。

「わかりやすさ」を確認する方法

書き手がよくわからないことは読み手に絶対伝わらない

読者の「文章が堅い」という印象は、「意味がよくわからない」ということと同義です。

理解できていないと一辺倒な説明しかできなくなるからでしょうね。わたしも学生時代、教え方が堅い先生に対して、「教える内容をちゃんと理解してないんだろうなー」と思っていました。

「読み手は何も知らない」

科学雑誌が例に出されていて、専門分野は確かに丁寧に書く必要があるよなーと思いました。

ただ、加減が難しくて「読者をバカにしてる感じになってるかな〜」と悩むことが度々あるんですよねー。難しいところです。

一度気の置ける人に読んでもらうのもありかなーと思いました。

専門用語は必ず「噛み砕く」

専門用語は確かにそうですよねー。

「わかりにくさ」を潰しきるとっておきの方法

形容詞だけを書いても、何に感動したのかが伝わらないのです。

(中略)

形容詞を具体化してあげるだけで、ぐっと「上手」になります。

うおー!! 今日一番の収穫!!

感想系ブログとしてしっかり読み込みたいところです。

形容詞を「素材」へ置き換えていく

「形容詞を使わない」と決めた瞬間、必然的に素材に意識が向くようになります。形容詞の「中身」を書かなくてはいけないからです。

確かになーと思いました。でも本の感想を「事実」だけで書くと、単なる引用の羅列になっちゃうのが難しいところ。自分の体験を多く交えればいいんですかね。

形容詞を使って文章を書こうとすると、二重の意味で書くのを遅らせます。**伝わらない**だけでなく、「**思い浮かばない**」ときがあるからです。

幼稚な文章と感じる原因は、形容詞だけを使って表現しているからだ、というのは非常に納得させられました。小説家のような文章のプロの方なら美しくもなるのでしょうが、素人(わたし)がそれをしようとすると、確かに時間を浪費してしまう気がします。

で、素材を加えるか、置き換えてみるだけで、十分それなりの文章になると。もし本当なら非常に救われます!

次回はいよいよ最終章!! 長かったー(まだ早いか)

10倍速く書ける 超スピード文章術

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